私は夏みかん

書くことありました。
先日のダイエット診断http://www.microdiet.co.jp/diet03.htmlですが
これによるとid:tinsep19さんと私は同じ体型だそうです。
ぷよぷよ夏みかんタイプ」。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
まずね。
夏みかんと聞いて、「ぷよぷよしてる」って思いますか?
思いませんね。
夏みかんときたら、一般的には、みずみずしいとか、甘酸っぱいとか、フレッシュとか、そういうキーワードが浮かんできますよね。
ぷよぷよしてる→夏みかんっていう係り受け自体に問題がありますね。
なので、なんだかこの一文だけでそこはかとなくいやーな気分にさせられます。
ぷよぷよしててもいい、夏みかんでもいい。だけど、ぷよぷよしてる夏みかんは嫌だ。
だってそんなの多分ちょっと腐ってる。
解説はこうです。

ぷよぷよしてる〜」と思われがちな、柔らかい感触の夏みかんタイプ。

思われ「がち」ですか・・・この「がち」という言葉にはどこかnotを含んだニュアンスが感じられますね。
ぷよぷよしてると思われることはよろしくないことなのでしょうか。
それとも、ぷよぷよしてると思われることが多いけど、ほんとはぷよぷよしてないよって言いたいのでしょうか。いやでも柔らかい感触って肯定してるもんな。なにが言いたいんだ。要するにちょっと太ってる?何?え、夏みかんってどんなみかんだっけ?ほんとにそんな柔らかいんだっけ?
混乱したまま次に進みます。

ぬいぐるみのように愛らしいあなたは、周囲のアイドル的存在。

ここも意味不明ですね。前文からのつながりが全くありません。
一文目で述べられていたことは「柔らかい」ってことでしたね。
それがここでは「ぬいぐるみのように愛らしい」という言葉に強引に結び付けられています。
ぬいぐるみは、柔らかいです。
ぬいぐるみは、まあ好みの問題もありますが、大抵、愛らしい、としましょう。
ここから、柔らかいものは愛らしいという結論が導き出せるでしょうか。否。否です。
しかも愛らしいから「周囲のアイドル的存在」にまで結び付けようというこの強かさ。
油断なりませんね。

でも、お腹をつまんで、電話帳よりも厚みがあったら要注意

ここでまたしても急展開です。
お腹をつまんで電話帳よりも厚みがあったら→要注意。はい。全くそのとおりです。
でも、ですね、これ、私がアイドル的存在であろうがなかろうが、関係ないわけです。
電話帳よりも厚い贅肉がついていたら当然要注意です。
ここでなぜ「でも」という接続詞がつくのか。
これを考えることによって最初の2文で言わんとしていたことが推察されてくるわけです。
つまり・・・

  • あなたには少し無駄なお肉がついているようです。
  • しかし(肉→やわらかい→ぬいぐるみ→愛らしい→アイドルという論理展開により)そんな貴方は周囲のアイドル的存在なので気に病むことはありません。(一応のフォロー)
  • 但し、限度を越すと問題ですよ!

ということですね。二文目には殆ど意味がなかったということがわかりました。
結論

⇒水着よりも、ストンとした浴衣の方が似合うのが特徴です。

ここで言われていることは非常に明快です。
一言で言うならば「寸胴」。
日本語には人間関係を円滑にするために「婉曲」というテクニックがあるのはご承知と思いますが
その典型的な例ですね。
典型的過ぎて最早婉曲とは呼べないくらいです。
「くびれがないよね」
「ウエストないよね」
「寸胴だよね」
これらの言葉は全て「水着・・・もいいけど、浴衣のほうが似合うんじゃない?」という言葉で伝えることができます。
どうしてもこういった内容を伝えたいときには有効な言葉だと思いますが
ほんとに婉曲話法を使いたい場合にはお勧めできませんね。
多分このぼんやりとした屈辱感をダイエットに結びつけようという、そういう作戦なのですね。
大体さー、水着より浴衣が似合うって言われても、どうしろって話ですよ。
「今年の夏は海に行こうか!」て言われて
「それより夜店か花火に行かない?」といえばいいのでしょうか。それとも
「いいね!じゃあ私、浴衣着ていくよ!」というべきでしょうか。
ちなみに私のお腹は電話帳ほどの厚みはございません。
あと、いい意味じゃないんだけど、周囲の長さの差という意味で言えば、くびれは、ある。
ありますよ。浴衣のときもタオル巻いてますもの。
でも多分くびれってそういう意味じゃないよね。わかってる。
でもチョコもらったから食べる。
せめて ぷよぷよ夏みかんでなく、ぷるぷるの夏みかんといってほしい。